2007年01月17日

悪人が集まると喧嘩が無くなり、平和になる

今日は、素敵なヒントに溢れた「光に向かって100の花束」という本を紹介したいと思います。



その中で私が大好きなエピソードがあるので、それを紹介します。

これは平和な家庭、チームワークの取れたチームを築く秘訣です。

有名なお話なので、ご存知の方も多いかも知れませんね。




「悪人ばかりだとケンカにならない」




あるところに、家庭内でケンカの絶えないA家と、平和そのもののB家とが隣接していました。

ケンカの絶えないA家の主人は、B家を訪ねて、B家の主人に質問しました。

「私の家はケンカが絶えず困っております。
お宅は、みなさん仲良くやっておられますが、なにか秘訣でもあるのでしょうか?」



B家の主人は答えました。

「これといった秘訣などありません。
ただ、お宅は善人さまばかりの集まりだからケンカになるのです。
私の家は悪人ばかりですので、ケンカにはならないのです。」



それを聞いて、てっきり皮肉られていると思ったA家の主人が、「そんなバカな!」と言おうとした時、B家の奥で大きな音がしました。

「ごめんなさい。
私が足元を確かめなかったので、大事な茶碗を蹴って割ってしまいました。
私が悪うございました」と、心から詫びているお嫁さんの声がしました。

「いやいや、あなたが悪いのではありません。
先ほどから片付けようと思いながら、横着してそんなところに置いた私が悪かったのです。
すまんことをしました」と、続いて姑(しゅうとめ)さんの声が聞こえてきました。



「なるほど、この家の人たちは、みんな悪人ばかりだ。
ケンカにならぬ理由がわかった」と、A家の主人は感心して帰ったそうです。









「善人」ばかりの家だと、みんなが「如何に自分が正しいか」を主張し合い、相手の過失ばかりを指摘し合うようになります。



一方、自らに原因を認めることができる人が集まっている家は、ケンカにはなりませんね。

後者の人たちは、相手に責任を転嫁せずに、自分が責任を引き受けているのです。

つまり、相手に依存するのではなく、自立したスタンスを取っているのですね。



ですから、相手に対して腹を立てたり責めたりするより、

「自分がどうすべきだったか」

という自立的な解決策を考えます。





こういった話をインプットすると、それだけで自分も「出来るようになった」つもりになりますが、実際にそういったケースが自らに起こったら、なかなかこうは行かないものですね。



交通事故の時なんか、片方が停車していない限り、ほぼ両方均等に過失があるという事になります。



納得行かない時、ありますよね?



でも、上記の考え方をして考察してみると、確かに過失を認めざるを得ないものです。




難しいですけどね。




この記事へのコメント
なるほど…。
Posted by シナ at 2007年01月17日 22:22
でしょ...?
Posted by 大塚陽一 at 2007年01月20日 22:12
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