2007年01月30日

「炭鉱のカナリア」



「炭鉱のカナリア」という言葉をご存知でしょうか。
(「気候のカナリア」ともいうらしいですが)


今、私はある映画の完全解読を書いているのですが、そのために「カナリア」を調べていて、この「炭鉱のカナリア」というものを知りました。




カナリアは、気候の変化、環境の変化に非常に敏感で、炭鉱のなかでの危機にもっとも早く反応し、すぐに死んでしまうだそうです。

だから、昔、炭鉱夫たちは坑道に入る時に、かごに入れたカナリアを持って行ったそうです。

それは、炭鉱で一酸化炭素の増加や酸欠状態を「検知」するためで、カナリアが苦しみだしたのをみて炭鉱の人たちは、その炭鉱の危機を察知するということです。



また、カナリアの生態系をみて世界の気候、環境変化の状況を判断できるということらしいです。

カナリアが弱っているときは、人間社会全体にとっても芳しくない気候条件になるらしいですね。



言われてみれば、オウム真理教地下鉄サリン事件の時、捜査員がカナリアの箱を持って地下鉄に降りて行くシーンがありましたね。





「最近このブログのテーマがずれてきたんじゃね?」(*´д`)y-゚゚゚





という意見をいただいて、ちょ、と悩んでいたのですが、カナリアのことを調べていて、気付きました。



私は、時にパパさんたちや、ママさんたち、そして子供たちの「炭鉱のカナリア」でありたいと思っていたんですねぇ。





本来であれば、ジャーナリズムが一般国民、一般家庭の「炭鉱のカナリア」でなくてはならないのですが・・・




あ!

今思ったのですが、炭鉱で働く人夫は、人間よりもガスに敏感なカナリアを連れて地中へと潜っていき、ガスがあると、カナリアは泣きわめき、人に危険を知らせるのですが、カナリアは弱いのでほとんどの場合死んでしまいます。

つまり、死んで危険を教えるのです。



もしかすると、今一番立場が弱い存在である子供たちが「炭鉱のカナリア」の役割を果たしているんじゃあ?って・・・昨年も子殺しや我が子の虐待死、いじめによる自殺。

いつも犠牲になるのが子供です。



あの子供達は、社会の危機や大人たちの心や精神の危機を知らせて死んでいっている現代の「炭鉱のカナリア」なのではないでしょうか?



炭坑内のガスだまりや一酸化炭素は目に見えませんから、「やばい」と思った時には既に意識を失い、命さえも失うという恐ろしい危機でした。


だからこそ、これらの危険予知はカナリアに頼るしかなかったのですが、現代に生きる私達は、「炭坑のカナリア」の存在理由自体忘れてしまって、危険や危機が存在すること自体忘れてしまっているのではないしょうか?


「今や当たり前になったこと、でもそれは一昔前ではありえなかった」ことは、案外沢山あるのではないでしょうか?





警鐘をならすべく犠牲になったカナリアたちの激しく悲しい泣き声を聞き逃してはならないと思うのです。

ちなみに、なぜトゥイーティーの画像かというと、トゥイーティーは、ヒヨコじゃなくてカナリアの雛だからです
※豆知識______〆(^▽^)






posted by 大塚陽一 at 14:36 | Comment(0) | 独り言
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