2007年02月22日

見回すと、この世は「ヒント」に満ち溢れている!

私は現在主流の宗教で定義付けられている「神」という概念を信じてはいないのですが、宇宙も含めた大いなる大自然の意思とも意志ともいえるものは、あると思っています。

そういったものを、イコール「神」と思っています。

そういう視点で言うと、タイトルの通り、この世の中は「ヒント」で満ち溢れているなぁ・・・と思います。

ほら、「発明とは、新しく創造されることではなく、元々存在したものを発見する事だ」という言葉もあるじゃないですか(^▽^)

で、特に植物とか動物とかは、その存在(生き様)自体で能動的に「ヒント」を撒き散らしながら、アピールしながら生きているような気がしてなりません。



これは、ちょ、と見付けてきた新聞記事ですが、読めますかね?

どうでしょうか・・・?

大きくして読んでみて下さい



200702_20_20_f0100920_23223342.jpg




以前、このブログで「花の知恵」という本の紹介をした事があります。




【花の知恵】モーリス・メーテルリンク
http://familyties.seesaa.net/article/20142404.html

内容的には、上記の新聞記事と同じで「花の生き様」の記録を通して「生きるということの意味」などをまざまざと見せつけられ、気付かされます。


植物だからといって、ただ単にボンヤリと存在しているわけではなく、生まれ持っての決定的かつ絶望的な障害を、その知恵(英知と言った方がいいカモ)と、意志によって乗り越えて生きる姿に、畏怖にも似た感情を覚えます。







もし、私たちが・・・我が子が・・・花や植物と同じ身動き一つ取れない境遇だったら?







しかし、こうした花の感動を覚える生き様は、苛酷な自然の条件の中で日々試行錯誤を重ねる野生の花たちの行き方であって、人間の手によって甘やかされた生活をしている花たちのそれではないのです。


モーリス・メーテルリンクが蜜蜂についても同じだと語っているように、花も植物も(上記記事にある通り)依存できるような甘やかされた環境に置かれれば、すぐに努力を止めてしまうのです。


野生の花の感動的なまでに真摯な生き様というのは、常に障害からなんとか逃れて生きよう!生きよう!と必死にもがき、必死に努力するからこそ感動するし、道を拓き、文字通り命を拾う結果に到るのだと思います。


しかし、私たち人間は理性で考え合理的に・・・とか効率化を念頭に教育や育児にかかっています。
そのことで親も子供も悲鳴を上げているのではないでしょうか?






今改めてそのことに気付き、直向きに生きる花や植物、そして大自然に学(真似)ばなければならない時なのかも知れませんね。

posted by 大塚陽一 at 16:23 | Comment(0) | 独り言
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