2007年02月28日

ありがとうございます!!感謝(^▽^)ノ

あなたは、手を合わせる時どんな願い事を願っていますか?





今日は、「やっぱり日本人で良かったなぁ」って誇らしく思えることがあったので、あなたにもお裾分けしますね♪





ある神社の宮司さんのお話です。


「私が小さい頃は、毎朝起きたら家族全員で挨拶を交わし、感謝の気持ちで神棚に、今日も無事に朝を迎える事ができましたと手を合わせる。
そして朝食の前には、自然の恵みに対する感謝の気持ちを込めて『いただきます』と挨拶してから頂戴し、食後は『ご馳走様でした』とまた感謝をして、一日が始まったものです」(一部抜粋)





神社というのは、「ありがとうございます」と、感謝をしに行くところで祈願というのは間違いだったんですね!



祈願というのは、自分自身にし、神様へはいつも見守っていただいている事に感謝をし、手を合わせるということだったんですねぇ・・・(^▽^)



先人には当たり前だったことが、情けない事に改めて教えてもらわないと分かりませんでした。


恥ずかしい。






古来から日本には、八百万の神様がいると信じられてきました。


先人は、森の木々にも、道端の石にも、手を合わせ、感謝と祈りの気持ちを込めてました。


農耕民族であったからこそでなのですが、適度に雨が降り、適度に日が照ってくれなければお米は出来ません。


だから雨の神様、日の神様に感謝します。



神道は自然の恵みに感謝し、自然の存在ひとつひとつに神を見ています。


山の神様にご挨拶して山に入り、木の神様にご挨拶して木を切ります。


大地の神様にご挨拶して土を掘り返し耕します。



くどいですが、
自然=神が人間に恵を与えるのは、もう基本、当たり前、それが前提だったんですね。



だから自然=神に改めてお願いする必要なんてひとつもないんですね!


常に無条件で愛も、課題も与えてくれる存在だから、我々を信じて要らぬ手出しはしない。




何て素晴らしい愛でしょうか!



ありがとうございます!

「八百万の〜」と言うように、神道では数え切れないほど多く(厳密に800万柱というわけではありません)の神が存在(共存・共生)しているわけです。



だからこそ、過去に仏教が伝来しても、キリスト教が伝来しても、自分たちの神以外の神を排除するための争いを起こさず、800万柱の神たちの新しい仲間の一柱として、 新しい神や仏をおおらかに受け入れることが出来た。



すべてを受け入れる、素晴らしい考え方じゃないですか!




私は、自分が日本人である事に誇りを持ち、また感謝します!


ありがとうございます!!



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