2007年03月03日

もっと怒って〜!もっと叱って〜!もっと罰して〜ん!





パパさんママさんの育児の悩みで、お子さんが、



「ワザとパパやママを怒らせるようなことをする」



ということがあります。




しかも、何度注意しても何度叱っても、懲りずに同じことを繰り返す。

「またか!」



そういう時、お子さんは、実はストロークを求めているのではないでしょうか?



英和辞典を開いてストローク(stroke)という言葉を引いてみると、「打つこと、一突き、なでる、さする」と記されています。

どれも、接触という形で他人から得られる刺激を意味していますが、ここでいうストロークとは、精神心理学上の言葉で『相手の存在や価値を認める様々な働きかけ』と定義されているもののことです。





ストロークには、肯定的ストロ−クと否定的ストロークがあって、肯定的ストロークとは、それをもらうと嬉しいものを言います。

「私は大事にされている」
「私は価値のある人間と認められている」
「自分は求められる存在なんだ」という生の喜びを感じ、成長意欲を促進するストロークのことです。



例えば、



「目を合わせる」

「微笑みかける」

「頷く」

「感謝の言葉を伝える」

「途中で遮らずに、じっくり話を聴いてあげる」

「褒める」

「抱きしめる」

「頭をやさしくなでる」

「握手をする」

「挨拶をする」

「信頼してまかせる」




というのが、肯定的ストロークと言えます。





否定的ストロークというのは、それをもらうとイヤな気持ちになるもので、



「怒鳴る」

「嘲笑する」

「非難する」

「にらみつける」

「殴る」

「罰を与える」

「お尻を叩く」



といったところです。



肯定的ストロークをたくさんもらった子供は、自己重要感が満たされ精神が安心・安定します。

そして生きることの素晴らしさを素直に享受し、成長意欲をも促します。



しかし、



子どもは、不幸にも親から充分な肯定的ストロークがもらえない場合、否定的ストロークでもいいから、何とかストロークをもらおうとします。

つまり、親からの愛情表現やスキンシップなどに不足を感じると、あえて問題を起こして、否定的ストロークでもいいから、親からの関心をもらって愛情の飢えを満たしたいと思うのです。





例えば、A君とB君の兄弟がいるとします。

A君がお兄ちゃんで、弟のB君は生まれたばかりの赤ちゃんだから、どうしても抱っこやおっぱい、添い寝などのスキンシップ(=肯定的ストローク)が、B君中心になってしまっています。

兄のA君の方は、充分なストロークが得られないので、ストロ−ク飢餓の状態になります。

そして、A君の無意識の中では、「肯定的ストロークがもらえないなら、否定的ストロークでもいいから・・・」という心理が働いて、



「何かと反抗してみたり」

「お友達に悪戯をして問題を起こしてみたり」

「弟をいじめてみたり」

「ワザと散らかしたり」

「病気になってみたり」

「おねしょをしてみたり」

「赤ちゃん還りしたり」



してみます。

すると、親から叱られたり、説教されたり、罰を与えられたり・・・・

つまり否定的なストロークをもらうことになります。

それが例え否定であっても、ストロークをもらうということは、イコール親の感心や注意を惹くことになります。





人はストロークがないと生きていけない、というか、生きる気力を保てない生き物なのです。

だから、肯定的ストロークが得られないのであれば、せめて否定的ストロークでもいいから・・・となるのです。

ノーストローク(=ストロークがもらえない)の状態、つまり、関心を示してもらえない状態(無視や無関心)が、人間が最も恐れている事態ということになります。



人間は自分の存在を認めてくれる他人の存在があってはじめて自己の存在意義を感じることが出来るのです。

では、肯定的ストロークであれは、オールOKかというと、実は、そうでもないのです。





その辺りのお話しは、また次回の講釈で・・・

posted by 大塚陽一 at 14:41 | Comment(0) | 子供
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