2007年03月18日

学問のすすめ〜その1

このブログを、ご覧の皆さんの中には、私が私塾や学校を創りたいと考えていることをご存知と思います。

色々なものから、そのインスピレーションを得たのですが、その中のいくつかを紹介したいと思います。

まずは、映画「X-men」↓の中に出てくる「恵まれし子らの学園」です。

この学園は、マイノリティであるミュータントの中でも若者を世間からの迫害や偏見、差別から守り、また正しい方向へ導く目的で設立された全寮制の学園です。

この存在からも、すごくインスピレーションをもらいました。

http://gogopyramid.blog57.fc2.com/blog-entry-95.html





また、北九州に実在する学校にもインスピレーションをもらいました。

ひらおだい四季の丘小学校↓

http://hiraodai4season.web.infoseek.co.jp/sikinooka.html



ひらおだい自然塾↓

http://hiraodai4season.web.infoseek.co.jp/sizenjuku/sizenjukutop.html






そして、日本の江戸時代にあった「寺子屋」として時代劇でも有名な学問所です。

この「寺子屋」という名称は、上方で使われた言葉で、江戸では「手跡指南所」と呼ばれていました。

江戸の後期には、江戸市内だけで千五百もの指南所がありました。

それこそひとつの町内に2〜3ヶ所はあったことになります。



庶民の子供たちは7、8歳頃から3〜5年の間通っていましたが、庶民に必要な学問として、俗に「名頭と江戸方角と村の名と商売往来、これでたくさん(平仮名に始まって数字、地名、名字、手紙の書き方、商売用語と、これだけ覚えれば十分という意味です)」と言われていました。



大体明日からでも使える実用的な学問が主体で、そろばん、礼儀作法、料亭のようなところでの食べ方の作法とか・・・商売をする子供には勘定が容易にできるよう九九なんかを必ず教えます。

指南所によっては茶道、華道、漢学、国学など高度な学問を教えているところもありました。



字はまず、崩し字の「草書」から教わり、次に「行書」を教わり、最後に「楷書」を学びます。

ですから江戸庶民は、崩し字は読めてもきっちり書かれた字が読み書きできるのはほんの僅かでした。

今とは逆ですね。



「親孝行をしなさい」

「年上の者を敬いなさい」

「隣近所と仲良くしなさい」

「子供のお手本になるような生き方をしなさい」

「ちゃんと仕事をしっかりしなさい」

「間違った事はするな」


以上の六つさえ守っておれば良い、と道徳も教わります。





当時は義務教育などという制度はありませんでしたが、先進国である欧米諸国の中でも、就学率が高いイギリスでさえ当時2〜3割の就学率でしたが、江戸では7〜8割の子供が指南所で学問を学んでいました。


しかも指南所は、男女の別なく受け入れていて赤坂、日本橋、本郷辺りでは男子よりも、むしろ女子の就学率の方が高かったそうです。





↓に、つづく
http://familyties.seesaa.net/article/36424267.html
posted by 大塚陽一 at 18:31 | Comment(0) | 子供
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