2007年04月27日

エコ時代の江戸ロジーその一

以前から何度か取り上げていましたが、日本人は実は昔から誰に言われるでもなく、元々エコロジックな民族だったんですよ!



で、エコに関して、過去の日本人が行ってきた知恵を紹介していきたいと思います。


まずはリサイクルについて。



江戸の町と言うのは、実はモノを徹底的に最後の最後まで使えるだけ使い切るリサイクル社会でした。

それも、現代のように「リサイクルしましょ〜!」とかいう運動が存在した訳ではなく、リサイクルすること自体が、一般常識として町人全員の共通認識でした。



そのリサイクルの代表的なのが、紙に対しての考え方でした。

紙は当時、とても貴重なものだったので、本をめくる時、左下のカドだけを持ってめくるという暗黙のルールがありました。

そうすればそこだけが汚れて、印刷部分に指紋や手の汚れが付かないからです。

これは、子供の頃から教えられる作法のようなものです。

和紙はとても優秀な紙で、1ミリか2ミリくらいのパルプ繊維でできている現代の紙に比べて、伝統的な和紙は10ミリ以上の長い植物繊維で出来ていましたので、扱い方さえちゃんとしていれば、何百年でも劣化しないほどのもので、当時ひとつの教科書が百年くらい使われていたそうです。



まぁ貴重とはいっても、庶民に手が届かなかった訳ではありません。

紙は紙でも安いものから高いものまで色々な種類がありました。

中でも「紙くず屋」がリサイクルした「すき返し紙」は、かなり安くて庶民にとって最もポピュラーな紙だったようです。




和紙には添加物が入っていなかったので、すき返してリサイクルするには持って来いの紙質でした。

「紙くず屋」は、集めた紙を最後の最後まで何回も何回もリサイクルしていて、最期は今でいうハードカバーの本の芯にしていました。




集められた紙は、一枚一枚「のし板」という大きな板で押し広げるので、途中で証文や重要そうな手紙が出てくる事があったそうです。

そういう場合は一応保管しておいて、持ち主が尋ねて来た時に返していました。

保管期間は「紙くず屋」によって違いましたが、「紙くず屋」によっては、三年間も保管しておいたというエピソードもあったようです。




「紙くず屋」には色々な紙が集まってきていたので、「紙くず屋」には、その一枚一枚の紙に書いてある文字に接して、博学な小僧さんが多かったようですよ(^▽^)

次回は、他にも沢山あるリサイクル業を紹介しますね!!



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