2007年07月07日

正解を求める心理

更新が滞っていました。

申し訳ありません。

クライアント先で新たなチーム開発に従事する事と、まだ体調が万全でないこともあり、まだまだ更新が滞りがちになると思います。

毎日は無理でも、一日二日置きくらいのペースでは更新できると思いますので、気長に見守っていただけるとありがたいです。





さて、今日のお題は・・・



先日、長女の通う小学校で、授業参観と学級懇談会があったので、例の如く、私も参加してきました。

授業参観は、ほぼ毎回欠かさず参加してきたのですが、懇談会は初参加です。

なぜ?って、だって、ママさんしか来ていなくて、一人もパパさんが居ないから、何となく居辛い雰囲気があったんですよ。

ただ、今回からは妻のナナ君が、学級委員長とやらに任命されたので、半強制的に参加しました(と、いってもほとんど席に座って、皆さんの話を聴いていただけなんですけどね・・・)(^^;)



で、一番気になった話しが、



「実は、みんな応用しようという考えがまったくなくて、例えば黒板に書いた内容を、そのまんまノートに写してしまったりするんですよ」

「?」

「つまり、ひとつの文章があるとします。

黒板の幅や高さの都合上、文章の途中で、

行を変えて、次の行に文章の途中から移

って書いていたら、みんな自分のノート

の空きがあるにもかかわらず、次の行に、

黒板に書いてある通りに写そうとするん

です。」




まぁ、つまり↑の文章のようなノートになっているということですね。

先生が懸念していたのは、自分の頭で考えるという発想自体が、希薄な状態にあるということでした。



これは、ほんの最近、教育に携わる別の方からも聴いた話でしたし、実は大人を教育している私も、常々感じていたことだったので、とても気になっていたことだったのです。




自分の頭で考えないということは、自分の考えを持たないという事になります。

「これについては、どう思う?」

と、聴いても、みんな答えはほとんど同じ、



「わかりません」



「いや、正解は?とか、答えは何?って尋ねている訳じゃないんよ?どう思うか、何を感じたのかを教えてくれる?」



「わかりません」



(T▽T)



って、これ。

かなり多いんですよ。

最近。

まだ子供たちの方が、自分の気持ちや思い、感じ方を言えるんじゃないかと思います。



ね、大人達を見ると、「正しい答えを出さないといけない」という強迫観念にも似た感情があって、「自分がどう感じているのか」とか「自分は、どう思うのか」ではなく、「どう感じるのが正しいのか」「どう思うのが正しいのか」としか、考えられないようです。



「十派一絡げの日本の教育が悪い」と言ってしまえば、それまでかも知れません。




しかし、「自分探し」とか「自分らしさ」とか「オンリーワン」というキーワードが持て囃される昨今、実情は皆周りから「正解!」というお墨付きをもらえないと落ち着かないんじゃ、いつまでたっても皆「而立」できないじゃないですか(;^。^)=Зハァ〜




posted by 大塚陽一 at 14:50 | Comment(0) | 独り言
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