2007年08月22日

アルバート・エリス博士のABC理論の続き

ご無沙汰しております。



前回は、アルバート・エリス博士の「ABC理論」を、いくつかのたとえ話を使って説明しました。

ある出来事(A)が起こった際に、自分のビリーフ(B)というフィルターを通して受けとめた(解釈した)結果、自分特有の感情や行動パターン(C)が起きる。

これがABC理論でしたね。



人は皆、身に降りかかる問題やトラブル、出会う人からのメッセージを、自分の信じているビリーフに当て嵌めて解釈します。

こういった問題を、文章だけで語って、ご理解いただくのは、非常に難しいです。

なぜならば、「育て直し」などにつながっていく問題でもあり、誤った不健康なビリーフを固持することによって、深く心が傷付くことを回避しようとする人も、実際多いからです。

不健康なビリーフを、信じ続けると身に降りかかる出来事すべてに傷付き、出逢う人みんなとうまくいかないことで悩む・・・でも、ビリーフを疑い出すと、これまでの自分の全て、自分の存在価値を否定されるようで恐ろしいのです。



ちょっと、脱線しかけていますね。

とにかく、この問題は様々な問題と異様に絡み合って形成されている問題ですので、拙ブログでも時間をかけて、ひとつひとつ絡まった糸を千切ってしまわないように注意しながら解いていって、あなたを悩ます問題を解くヒントのひとつになれば、と思っておりますので、宜しくお願いします。



今日は、ビリーフというものについて考えて行きたいと思います。

ビリーフ=考え方、信念、思い込み、信じ込み

というのは、前回お話しましたね。



では、具体的にいうと、どういうことかというと・・・「知識」・「偏見」・「妄想」・「イデオロギー」・「信条」・「信仰」も含めた世の中に関するあなたが心の底で、無意識に信じ込んでいる評価や解釈、あなたを支える信念、価値観などであり、

具体例を挙げると、



「男は、隙さえあれば、必ず浮気をする生き物だ」


「コンパで始まった恋は、不純だから長続きしない」


「血液型がO型の人は大らかだ」或いは「B型は最悪の血液型だ」


「日本人は勤勉で、働き者だ」


「この世で起こることには、すべて意味がある」


「左利きは頭がよくて多才だ」


というビリーフのフィルターで、「だから、この人は〜だ」と物事や出来事、人を解釈してしまいます。




前回のaさんも、「挨拶してくれない」=「嫌われた」と解釈したので、ゴミ出しに行けなくなってしまいました。

真実はひとつなので、「挨拶してくれない」=「聞こえなかったのかな?」とも「今日は、何か心配事や問題を抱えていて、気付かなかったのかな?」とは、考えられません。

もし、翌朝勇気を振り絞ってaさんがゴミ出しに行っても、「自分は嫌われている」という前提で行くので、仮にbさんが居て、再度挨拶にチャレンジしたとしても、「あ、やっぱりね。思った通り嫌われているんだ」と、確信を深める結果になるのです。

なぜならば、「嫌われている相手に」挨拶するのですから、最初っからオドオドとした態度で、声も屈託ない明るい声ではなく、ボソボソと目も合わさずに挨拶をするはずです。

元々みんな、好意的で、間違いなく自分に対してコミュニケーションを取ってきている相手にしか、リアクションしない人の方が多いのです。

「鏡の法則」を思い出すまでも無く、うまくコミュニケーションが取れないだろうことは、誰にでも予測できることだと思います。





そして、このビリーフのやっかいなところは、あなただけではなく、相手にも何かしらのビリーフが存在する筈だという事です。

これが、いつも問題をややこしくするのです。



お互いに自分の持つ固有のビリーフに気付かずにコミュニケーションで事故が起きると、対相手というよりも、お互いに自分のビリーフとの対話で終始してしまい、結局関係改善が成されること無く、

「嫌な人だったなぁ」

「あんな人も居るんだなぁ」

で、終わってしまいます。



こういうことって、結構多いんですよ!

しかし、後々までイヤだった心の感触は残っているから、時々思い出しては、イヤァ〜な気分に浸ってしまいます。

そして、ここからが、問題なのですが、そうやってビリーフ通りの印象を持ったまま疎遠になった相手をほうふつとさせる仕草や、雰囲気や、声や、方言や、趣味や、名前や、香りを持つ人と出逢った時、高確率で、
「もしかして、あの人と同じタイプかも?」

「あ、やっぱり」

「やっぱ、そうだった」

「〜な人って、みんなこうなんだなぁ〜」となり、また新たなビリーフを築き上げることになります。





これは非常に損ですよね。



こういったビリーフによる不幸を回避する手段が二つあります。

今日は、その中のひとつを紹介します。





それは、対話です。




一端レッテルを貼ってしまった相手と何を対話するのかというと、ビリーフが発動した時の気持ちを、相手に話すのです。

Aさんの場合は、勇気を出してbさんを呼びとめ、話すのです。

「あの時ね、挨拶したのに無視をされたから、嫌われたのかと思って・・・何か悪いことしました?」

とか、まぁ言い方は人それぞれ、自分の気の進む言い方をしてもらえればいいと思います。

大抵の場合、「え?ごめんなさい。気付かなかったのよ!」という返事が返ってくるでしょう。



コミュニケーションの事故は、結構よく起こるものなのです。

それを大事故にするかどうかは、対話をするか、それとも自分の中で「ああでもない、こうでもない」と、独りぼっちで、相手の胸の内を考えるかの違いです。



独りぼっちで、勝手に相手の気持ちを考えて、ことが好転した試しはありません。

これは何事もそうです。

国家間もそう。

夫婦間もそう。

親子間もそう。

友人間もそう。

上司と部下もそう。

取引先の担当者もそうです。



みんな独りぼっちで考え込むと、必ずビリーフの固定概念に絡み取られて身動き取れなくなってしまいます。


次回は、もうひとつの解決法と、二種類のビリーフについてお話しようと思っています。



posted by 大塚陽一 at 14:52 | Comment(0) | 幸せになりたくない症候群
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
RDF Site Summary
RSS 2.0
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。