2007年10月16日

時間銀行に振り込まれるプレゼント

今日は、かなり長いですから、お時間のある時にドウゾ(^^;)

最近、もしかしたら異動しなきゃならなくなるかも知れなかったので、PCを整理していた時の話なのですが、以前知人からいただいていて、そのままフォルダの奥に入れたまま忘れていた「プレゼント」という題名のお話を発掘しました。

この話の存在自体忘れていたのですが、最近の自分の心情とマッチする内容でしたので、やっぱり気付かされているのかな?と妙に納得しました。



とても良い内容ですので、紹介させてもらいますね。

原文もありましたので、両方載せますね。





「present」

Imagine there is a bank that credits your account each morning with $86,400.

It carries over no balance from day to day.

Every evening deletes whatever part of the balance you failed to use during the day.

What would you do?


Draw out every cent, of course!!!!


Each of us has such a bank. Its name is TIME.

Every morning, it credits you with 86,400 seconds.

Every night it writes off, as lost, whateverof this you have failed to invest to good purpose.

It carries over no balance.

It allows no overdraft.



Each day it opens a new account for you.

Each night it burns the remains of the day.

If you fail to use the day's deposits, the loss is yours.



There is no going back.

There is no drawing against the "tomorrow."You must live in the present on today's deposits.

Invest it so as to get from it the utmost in health, happiness, and success!



The clock is running.

Make the most of today.



To realize the value of ONE YEAR, ask a student who failed a grade.

To realize the value of ONE MONTH, ask a mother who gave birth to a premature baby.

To realize the value of ONE WEEK, ask the editor of a weekly newspaper.

To realize the value of ONE HOUR, ask the lovers who are waiting to meet.

To realize the value of ONE MINUTE, ask a person who missed the train.

To realize the value of ONE-SECOND,ask a person who just avoided an accident.

To realize the value of ONE MILLISECOND,ask the person who won a silver medal in the Olympics.



Treasure every moment that you have! And treasure it more because you shared it with someone special, special enough to spend your time. And remember that time waits for no one.

Yesterday is history.

Tomorrow is a mystery.

Today is a gift.



That's why it's called the present!!!





「プレゼント」(日本語訳)

次のような銀行があると、考えてみましょう。

その銀行は毎朝あなたの口座へ86,400ドルを振り込んでくれます。

同時に、その口座の残高は毎日ゼロになります。

つまり、86,400ドルの中で、あなたがその日に使い切らなかった金額は、すべて消されてしまいます。



あなただったらどうしますか。



もちろん、毎日86,400ドル全額を引き出しますよね。

僕たちは一人一人が同じような銀行を持っています。

それは時間です。

毎朝、あなたに86,400秒が与えられます。

毎晩、あなたが上手く使い切らなかった時間は消されてしまいます。

それは、翌日に繰り越されません。

それは貸し越しできません。

毎日、あなたの為に新しい口座が開かれます。

そして、毎晩、その日の残りは燃やされてしまいます。

もし、あなたがその日の預金を全て使い切らなければ、あなたはそれを失ったことになります。

過去にさかのぼることはできません。

あなたは今日与えられた預金のなかから今を生きないといけません。

だから、与えられた時間に最大限の投資をしましょう。

そして、そこから健康、幸せ、成功のために最大の物を引き出しましょう。

時計の針は走り続けてます。

今日という日に最大限の物を作り出しましょう。



1年の価値を理解するには、落第した学生に聞いてみるといいでしょう。

1ヶ月の価値を理解するには、未熟児を産んだ母親に聞いてみるといいでしょう。

1週間の価値を理解するには、週間新聞の編集者に聞いてみるといいでしょう。

1時間の価値を理解するには、待ち合わせをしている恋人たちに聞いてみるといいでしょう。

1分の価値を理解するには、電車をちょうど乗り過ごした人に聞いてみるといいでしょう。

1秒の価値を理解するには、たった今、事故を避けることができた人に聞いてみるといいでしょう。

10分の1秒の価値を理解するためには、オリンピックで銀メダルに終わってしまった人に聞いてみるといいでしょう。



だから、あなたの持っている一瞬一瞬を大切にしましょう。

そして、あなたはその時を誰か特別な人と過ごしているのだから、十分に大切にしましょう。

その人は、あなたの時間を使うのに十分相応しい人でしょうから。

そして、時は誰も待ってくれないことを覚えましょう。

昨日は、もう過ぎ去ってしまいました。

明日は、まだわからないのです。今日は与えられるものです。



だから、英語では今をプレゼント(=present)と言います。




続きを読む

2007年09月01日

のびろのびろだいすきな木

昨夜のニュースで、昔一世を風靡した、ちびっ子ソング「ダンゴ3兄弟」を凌ぐ勢いで、売れている「おしりかじり虫」という曲の存在を知りました。




NHK「みんなのうた」で流れていたそうです。

我が家では、NHKを観るのはご法度なので、知りませんでしたが、ネット検索でも上位を位置しているようですね〜。

で、どんな曲なのか、一度聴いてみようと思って探していたら、「のびろのびろだいすきな木」という、これも同時期に「みんなのうた」で流れていたという曲を発見!

また、私の心の琴線を弾きまくってくれました!



この私好みのシンプルな歌詞は、加藤勇喜という方の詞で、NHKハート展に今年寄せられた6316編の詩から選ばれた50編の内の一つなのだそうです。

加藤勇喜氏は、奈良県在住の18歳(!)の青年で、知的障害を持たれているそうです。

とても透明感のある詩の世界は、氏の純粋な心そのものを表しているのでしょうね。

また、私の大好きなまどみちおさんの世界にも通じるものがあります。



作・編曲をされて、自身で歌われている女性は、医師でありながら、歌手として国内外で活躍しているアン・サリーさんという方です。

その透き通った柔らかなベールで、包み込むような優しい歌声は、本当にこの詩にピッタリだと思います。



お子さんをお持ちのパパさんママさんはもちろん、いずれパパさんママさんになる方にも、ぜひ聴いてみて欲しいですね。


続きを読む

2007年08月03日

世界中のこどもたちが〜その2

kidsandgun.jpg
ぼくは2人の人間を殺した。

AK47と呼ばれる小型武器で。

小型武器とは、
ぼくたち子どもでも扱える小さくて軽い武器のことだ。

でも、この武器は僕らの国では作っていない。

ぼくが使っていた武器は外国から入ってきたものだった。

ぼくらのことを
チャイルドソルジャー(子ども兵)と人は呼ぶ。

小型武器を持って戦う兵士だからだ。

でも、2年前までぼくはふつうの子どもだった。

家族がいて友達がいて幸せに暮らしていた。

ある日、大人の兵士が村にやってきてぼくを連れ去った。

ぼくはその日から兵士になった。

ぼくは人の殺し方を教え込まれ戦場で戦った。

逃げようとした友達は大人の兵士に耳を切り落とされた。

ぼくの目の前で友達が殺されていった。

女の子は大人の兵士に乱暴された。

怖かった。

家に帰りたかった。

お母さんに会いたかった。



運よく、ぼくは大人の兵士がいないときに
軍隊から逃げ出すことができた。

村に帰ってきたが、友達は誰もいなかった。

ぼくはみんなに「 人殺し 」といわれ
学校ではいじめられた。

家族や親戚からも怖がられ
前みたいな幸せは戻ってこなかった。

悲しかった。

寂しかった。

あるのは絶望だけだった・・・。

ぼくは何度も死のうと思った。

そして、何度も何度も自分自身に問いかけてみた。

ぼくは何のために生まれてきたのか?

ぼくはなぜ生きているのか?

ぼくは生きる価値がはあるのか?

ぼくにできることはあるのか?



「もし、ぼくに何かできることがあるなら、ぼくには生きる意味がある 」

ぼくはそう思った。

ぼくに何ができるか?



「ぼくとおなじ悲しみを、子どもたちに体験させたくない」

ぼくはそう思った。

ぼくには紛争の「悲しみ」を伝えることができる。

ぼくには平和の「喜び」を伝えることができる。

ぼくには、ぼくにしかできないことがある。



今、ぼくは先生になってそのことを伝えていこうと思っている。

ぼくの夢は学校の先生になること。

むずかしいかもしれないけど
あきらめずに夢を追っていきたい。

       「ぼくは13歳 職業、兵士」より



続きを読む

2007年07月12日

ぼくが ここに





先週、長女あきらの授業参観と、保護者の懇談会に参加した話をしましたが、その時、とても気になったことがあったんですよ。

それは、校舎内のあちこちに、詩の様なものが張り出してあるのですが、これがなんともホッとするような、ハッとするような、ドキッとするような・・・とにかく、とてもいい詩で、覚えておこうと、詩を詠んだ詩人の名前ともどもメモしていたのですが、その詩人の名前は、「まどみちお」さんと書いてありました。

あなたは、まどみちおさんをご存知ですか?



実は、まどさんは、日本を代表する童謡詩人でした!

その作品は、たとえば、



ぞ〜うさん

ぞ〜うさん

お〜はながながいのね




の「ぞうさん」とか、



しろやぎさんから おてがみついた

くろやぎさんたら よまずにたべた

し〜かたがないので おてがみか〜いた

さっきのてがみの ごようじなあに




の「やぎさんゆうびん」とか



ポケットのなかには ビスケットがひとつ

ポケットをたたくと ビスケットはふたつ




の「ふしぎなポケット



という誰もが知っている童謡を作った人だったんですね〜(^▽^)



いや・・・失礼しました・・・という感じでしたよ。

で、まずは私が心を奪われた詩というのを紹介しますので、見て下さい。


続きを読む

2007年05月19日

見知らぬ若者への道徳教育

先日、私の両親と妻、子供たちと一緒に福岡Yahooドーム横にあるシーホークホテルに食事をしに行った帰りのバスでの出来事です。



ちょうどゴールデンウィーク中だったので、ホテルも人が多かったのですが、バスも混んでいるとまでは言わないものの、席は全部埋まった状態でした。

そこに我々家族が乗り込んでいったのですが、ちょうど父(当年70歳)が2歳の「みこと」と5歳の「こたろう」を伴って、シルバーシート付近に立つことになりました。

ちょうど父の目の前のシルバーシートには若い今時の男の子がイヤホンで耳を塞いで、デン!と座っていました。

元々公共の場でのマナーにはウルサイ父だったので、



「おい!ぼく、そこはお年よりや体の不自由な人が優先やないんかい!」


くらい言いそうだなぁ・・・と思っていたら・・・なんと!



続きを読む

2007年05月11日

有徳の人(江戸時代の社会貢献=ボランティア)


江戸時代、収益を直接社会に還元する社会貢献としてのボランティアは、普通に行われていた当たり前の事でした」と、前回の記事『「三方良し」の精神』↓
http://familyties.seesaa.net/article/41339099.html
で述べましたが、江戸の大商人・豪商と言われる人たちは、本当に当たり前のように自らの富を社会に還元しました。



確かに、江戸の初期には権力に取り入って稼ごうという商人も居ましたが、しだいに地域社会に利益を還元して、周囲の人々の支持を受ける方向に向かっていきました。


豪商が居ると、町そのものが栄え、商売がうまくいけば、うまくいくほど町が潤うので、大商人や豪商と言われる人たちは、みんなから尊敬されて「有徳の人」と呼ばれていました。





ほとんどの豪商は、とても慎ましやかで質素な日常生活を営んでいます。

食事はご飯と沢庵一切れくらいで、おかずが付くのは一日と十五日の「荒神様の日」だけという商家も珍しくありませんでした。



江戸時代のバブル期として有名な元禄年間の、町人のヒーロー「紀文」こと、紀伊国屋文左衛門

吉原を全部買い切って豆の代わりに小判や金銀の粒を撒いたほどの彼も、「紀文の糠味噌(ぬかみそ)汁」と言われたくらい普段は質素に暮らしながら、人々のために橋を架けたり工事をする人たちに施しをしたりしていました。



町の掃除・防災・道路補修・捨て子や迷い子を町ぐるみで育てる際の養育費など、町政に使われる経費を「町入用」と呼び、地主や家主、町の商人がなっていた「町役人」が、これを支出していましたが、「町入用」への支出をケチれば、面子が丸つぶれになり、「儲けたら儲けただけ町のために使う」という姿勢がないと人々の信用が得られませんでしたから、富を持てば持つほど町のために色々と考えていたのが、当時の大商人でした。




TVの時代劇「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」、「必殺仕事人」など





お主も悪よのぉ♪




で御馴染みの「越後屋」というキャラクター自体は、完全にフィクションだということですね。

当時、あんな悪徳な大商人が居たら、町人たちから町を放り出されるか、居辛くなって店をたたんだのではないでしょうか?





まぁ、豪商だけではなく、江戸では他人のために何かをするのは特別な事ではなく、町で普通に暮らしていると、その生き方・暮らし方が、そのままボランティアになっていたと言った方が正確でしょう。



親の帰りが遅い家の子は、他家でご飯を食べるのが当たり前。

いたずらも度が過ぎれば、自分の子であろうとなかろうと雷を落とす。

同じ長屋の全員で、みんなの子供たちを育てていました。

おかずが余分に出来たら、お裾分け。

味噌や醤油が足りなくなれば、貸し借りしながら間に合わせます。

長屋には鍵がありません。

当然、開けっ放しで自由に出入りできました。

こういうと「だから日本人はプライバシーの感覚に疎い」と言われそうですが、

「お〜い!はっつあん、居るかい?」

必ず声をかけ、

「おう、居るよ!へえんな」

許可がないと戸を開けないのが当たり前。

江戸時代のほうがよっぽど個人のプライバシーは守られていました。

2007年05月10日

「三方良し」の精神





稀に家族で外食をすることがあります。


まだ子供たちが小さいので、子供向けのランチに付いてくるゼリーやらジュースやらオモチャにつられて「お子様セット」的なものを注文する事も多いのですが、このオモチャ。

もちろんおまけで付いてくるものなので、大した期待はしていませんが・・・いつもガッカリです。



この間なんかは、髪を結ぶゴムが付いてきたのですが、一度も髪を結ぶ事がないままゴムが伸びきってしまいました(T〜T)



安かろう悪かろう」もここまで来ると言葉をなくします。

これも欧米的な考え方ですね。

昔気質の日本人なら、こんな仕事は恥ずかしくて出来ませんでした。




「俺の仕事がこんなもんかと思われちゃぁ我慢がならねぇ!」




予算を掛けられない細工であっても、その予算内で精一杯の細工をして「さすがだ!と唸らせる仕事をしないといけない」という自分の仕事に対する誇りみたいなものがありました。

しかし、現在は上記の通り・・・消費者(私はこの消費者という表現が嫌いです)も心得たもので、もともと予算が低いものは強度を維持できなくて破損し易いのを承知の上で

「100均だもんね〜でも、100均じゃないと手が出ないしぃ〜」

と、購入してイザ破損したら、また100均で同じものを購入するというスパイラルですわ。



安物買いの銭失い」を地で行っている状況です。

まぁ、実際に計算してみたら高いお金を出して長年使えるものを購入するより、100均で破損するたび購入した方が安いかもしれませんが、それってどうなんでしょうね?
壊れたら買い換えたらいい」という考え方。

これが現在の消費社会の悪いスパイラルを生む原因になっているのではないでしょうか?




いいものを買って、大事に使いながらもし破損したら修理してまた使う。




そういう姿勢の暮らし方を親が率先して実行しないといけないのではないか?と思うのです。

これは、子供たちの物事に対する考え方の方向性を考えた思いです。

使い捨てが当たり前だと感じている子供が大人になってモノ作りの現場に務めることになるのと、モノはいいモノを大事に使えば、どれだけでも頑張ってくれるという考えの子供が大人になってモノ作りの現場に務めることになるのでは、社会に対する影響がえらく違ってくるのではないでしょうか?



ちょっと「三方良し」から微妙に離れそうになってきましたね。

「三方良し」とは・・・

2007年05月06日

一身の独立なくして一国の独立なし





一身の独立なくして一国の独立なし」というのは、「学問のすゝめ」にて福沢諭吉氏が説かれたもので、「国民一人ひとりが独立しなければ、国家の独立などありえない」というものです。





私が人財育成を生業としていることは度々触れてきました。

クライアントが限られた業種に偏っている関係で、もともと研修や訓練の内容が専門的な技術習得に偏りがちだったものを、「自己啓発」や「未見の我を発見するきっかけ」「モチベーション・アップ」に焦点を当てた内容に少しずつシフトさせていっています。



で、特にこだわっているのは、この「一身の独立」。

つまり「ジリツ」ということです。





「ジリツ」は、大きく分けて三つあります。





まず、最初の「ジリツ」は「自立」です。

「自立」とは「他の力に頼らず、自らの力によって立つ」ということですね。

「セルフ・インディペンデンス」とも言われます。

自分でお金を稼ぐ「経済的自立」と、身の回りのことは人の力を借りず全て自分でやる「身体的自立」と、生活の全てに自分で責任を負いながら物事を選択し決定していく「精神的自立」が有名ですが、つまりこれは責任転換をしない。

依存・受け身から脱却し、主体的に自分の足で立つということでしょう。




そして、二番目の「ジリツ」は、「自律」です。
自らを律する=セルフコントロールです。

他者との関係において発生するニーズや責任・義務を把握し、それとの調整を図りながら自らを律し、自分自身の言動をコントロールしながら自己実現を図ることのできる人材のことと言えましょうか。

自らを律するということは、その対極にある甘えを排除することです。



この「自立」と「自律」という二つの「ジリツ」が出来て初めて、人間が本当に精神的に成熟して本当の意味でのアイデンティティー(自立と自律によって確立された自分が自分であるとの自己同一性=セルフアイデンティティ)を確立することが出来ると言われています。




そして、「セルフアイデンティティ」が確立されて始めて、三つ目の「ジリツ」である「而立」することが出来ます。

「而立」とは、孔子が述べた「三十にして立つ」から来ていますが、而(しこう)して立つということで、セルフディレクションとなります。

セルフディレクションとは、自らのアイデンティティの見地から、自らの「死生観」を確立し、その「死生観」に則った人生の方向付けを立てることです。

自らの死生観を確立し、自分らしい生き方、自分らしい価値観に基づいた生き方、自分らしい死に方をしっかり認識し、その上に立って自らの人生を日々イキイキと生きること。

「もし、我今死すとも悔い無し」そう心から思えるような人生を計画・設計・確立することが「而立」といえます。





言うまでもないことですが、こうやって次代を担う若者たちに「ジリツ」を促すことは、会社のみのためでも、クライアントのみのためでもありません。

日本のためであり、日本のため=世界のためとなります。

そういう腹積りで、日々社内で社外で研修や研究、修行しております。





これは、社員研修のみではなく、学校での教育の場や、我が子への教育、スポーツなどの場でもまったく同じだと思います。

「ジリツ」できている人間は、ことさら外野から何やかや言われなくとも、自主的に「気付き」自主的に「動き」自主的に「学んで」くれます。



そういう「ジリツ」した人間ばかり存在する社会。



素敵じゃないですか?



2007年04月28日

エコ時代の江戸ロジーその二

前回は、紙をリサイクルする「紙すき屋」を紹介しました。



江戸時代に紙同様に貴重だったのが、灯りです。

そこで「蝋燭(ロウソク)の流れ買い」というリサイクル業が登場しました。

燭台に溜まっている、ロウソクから滴り落ちて固まったロウを竹のヘラでこそげ落として買取り、それを溶かしてまた固めたロウソクを売りにかかるのです。





よく時代劇やなんかで、浪人の内職と言えば「傘張り」を思い浮かべると思いますが、あの「傘張り浪人」も新しい傘を作っていたわけではなく、ほとんどがリサイクル傘でした。

まず、「古骨買い」というリサイクル業者が、古い傘の骨を買い取ってきて、「傘張り浪人」に回ります。

「傘張り浪人」は、残っている油紙を丁寧に剥がし取り、新しく張り替えて傘を作り、剥がした方の油紙まで無駄にはせず、魚や味噌、漬物を包む包装紙として再利用していました。





また、江戸の川柳に、



焼き接ぎ屋夫婦喧嘩の角に立ち



というのがあります。

この「焼き接ぎ屋」というのは、割れた瀬戸物を元通り接ぐのが仕事。

ハンダごての要領で、割れた瀬戸物の破片を大理石の一種に布海苔と粘土を混ぜたもので接着して熱で焼き接ぎ、高級品は漆で接いでいたようです。



江戸の夫婦喧嘩で、ものを投げあうのはしょっちゅうで、「焼き接ぎ屋」は夫婦喧嘩が起こったのを聞きつけると、外で喧嘩が終わるのをじっくり待っていたようです。

今なら、ほとんどの人が

割れたら捨ててまた100円ショップで買ってくればいいや〜

とか考えそうなものですが、当時は「焼き接ぎ屋」が繁盛したお陰で、江戸中の瀬戸物屋が不景気になったということですから、すごいですね(^▽^)





当時は、女性が髪をとかした時に抜け落ちた髪も、「すき髪買い」によってリサイクルされていました。

髪を集めてカツラにしたり、髪にボリュームをつける「入れ髪」として使っていました。





他にも「湯屋の木拾い」「古樽買い」「肥汲み」など、いくつものリサイクル業者が商売していましたし、
「くず屋」は、底の抜けた鍋や釜、布の切れ端、とにかく腐ったもの意外なら何でも払い受けていましたし、「炬燵のヤグラ直し」「下駄の歯入れ」などの修繕業者も数多く存在していました。



彼らは、使えなくなったものを使えるようにするのがプロという誇りを持って仕事に当たっていましたし、当時の庶民は、ものというのは、形の残っている限り何とか再生できるはずという考えだったので、とにかくものは最後の最後まで使い、ほとんど捨てることが無く、ゴミ自体少なかったようです。

2007年04月27日

エコ時代の江戸ロジーその一

以前から何度か取り上げていましたが、日本人は実は昔から誰に言われるでもなく、元々エコロジックな民族だったんですよ!



で、エコに関して、過去の日本人が行ってきた知恵を紹介していきたいと思います。


まずはリサイクルについて。



江戸の町と言うのは、実はモノを徹底的に最後の最後まで使えるだけ使い切るリサイクル社会でした。

それも、現代のように「リサイクルしましょ〜!」とかいう運動が存在した訳ではなく、リサイクルすること自体が、一般常識として町人全員の共通認識でした。



そのリサイクルの代表的なのが、紙に対しての考え方でした。

紙は当時、とても貴重なものだったので、本をめくる時、左下のカドだけを持ってめくるという暗黙のルールがありました。

そうすればそこだけが汚れて、印刷部分に指紋や手の汚れが付かないからです。

これは、子供の頃から教えられる作法のようなものです。

和紙はとても優秀な紙で、1ミリか2ミリくらいのパルプ繊維でできている現代の紙に比べて、伝統的な和紙は10ミリ以上の長い植物繊維で出来ていましたので、扱い方さえちゃんとしていれば、何百年でも劣化しないほどのもので、当時ひとつの教科書が百年くらい使われていたそうです。



まぁ貴重とはいっても、庶民に手が届かなかった訳ではありません。

紙は紙でも安いものから高いものまで色々な種類がありました。

中でも「紙くず屋」がリサイクルした「すき返し紙」は、かなり安くて庶民にとって最もポピュラーな紙だったようです。




和紙には添加物が入っていなかったので、すき返してリサイクルするには持って来いの紙質でした。

「紙くず屋」は、集めた紙を最後の最後まで何回も何回もリサイクルしていて、最期は今でいうハードカバーの本の芯にしていました。




集められた紙は、一枚一枚「のし板」という大きな板で押し広げるので、途中で証文や重要そうな手紙が出てくる事があったそうです。

そういう場合は一応保管しておいて、持ち主が尋ねて来た時に返していました。

保管期間は「紙くず屋」によって違いましたが、「紙くず屋」によっては、三年間も保管しておいたというエピソードもあったようです。




「紙くず屋」には色々な紙が集まってきていたので、「紙くず屋」には、その一枚一枚の紙に書いてある文字に接して、博学な小僧さんが多かったようですよ(^▽^)

次回は、他にも沢山あるリサイクル業を紹介しますね!!

2007年04月22日

いーじゃん♪いーじゃん♪すげーじゃん♪

先日の記事で、私が在籍する会社の新卒者に研修を行ったことを書きましたね。



私が在籍する会社というのは人材派遣会社です。

ですから、色々な人々と係わっていく仕事となるのですが、新卒者からの質問で、

『私は、この道ウン十年です!』みたいな人生の先輩・その道のプロという方たちを指導・管理する立場に立つ訳ですが、果たして大学卒業ホヤホヤの自分たちに、しっかりそんな重大な役割が果たせるのでしょうか?

といったものがありました。


まぁ、新卒者からしたら自分よりもほとんどのスタッフが年上のメンバーになりますから、当然といえば当然の不安だと思います。

そこで私は、そのものズバリな表現は避けましたが、最近家族全員でハマっている「仮面ライダー電王」を例に挙げて説明しました。





まず、「仮面ライダー電王」の主人公は、野上良太郎という若者です。



彼は、とてつもなく不運続きの人生を送る男で、毎日が不運のオンパレードであり、ほとんどの時間は何かに巻きこまれて翻弄されているという設定です。
WbP.JPG


電王に変身するようになったのも、突然イマジン(詳しい説明は省きますが、人間に取り付く精神体で、彼に取り付くのがまともなイマジン、電王の敵は悪いイマジンと思ってもらえれば、本編も楽しくご鑑賞いただけると思います)に憑依され、慌てふためいている間にヒーローになってしまいます。

体力も知力も根性も運もツキもない少年ですが、そんな彼の最大の強みは、アンラッキーな人生を送っていながらも、そんな自分が不運だとか、ツイていないなどと感じてはいないこと(これは素晴らしいことですよ!)と、これまでの人生で、色々なアクシデントに見舞われ過ぎて、ある意味肝が据わっているところです。

そして何よりも、理念と行動指針や、規律というか美学みたいなものをしっかり持っていて、そのために殉じる覚悟があるところですね。


imajin_m.jpg
そんな良太郎に最初に憑依したイマジンがモモタロス(電王ソードフォーム)。
12.jpg
もちろん昔話「桃太郎」をモチーフにしています。



彼は、何のために戦うかは二の次で、強くカッコ良く戦うことを信条としていて、戦っている自分が好き!という性格なので、電王に変身すると派手なポーズ、派手な必殺技を好んで使います。

俺、参上!」、「俺は最初から最後までクライマックスだぜ!」 が口癖で、とにかく乱暴で、暴れるのが大好き。

ちょっと思慮が浅く、自信家で、のぼせもんですが、根は優しく感情表現が豊かです。

典型的な昭和のガキ大将ですね。
m.jpg





ちなみに我が家の長男「小太郎」は、まんまモモタロスです(^▽^;)

??`.JPG
で、妹の「みこと」に対してのみキンタロスになるんですよね〜・・・なんでだろ(^▽^?)






imajin_u.jpg
モモタロスとは対照的にあまり戦いを好まないのが、ウラタロス(電王ロッドフォーム)。
ura4.jpg
もちろん「浦島太郎」がモチーフです。

調子のいい台詞を並べ立て女性たちのハートをメロメロにするかと思えば、他人の財布も奪ってしまう要領の良さを持ち、常に他人を見下したような態度が鼻につく自信家タイプ。

決め台詞は、「僕に釣られてみる?
u.jpg
暴れるのが大好きなモモタロスとは正反対に、クールで知的な感じのウラタロスは、かなりの策士のようですが、「言葉の裏には針千本、千の偽り万のウソ」 と言う口癖にもあるように、かなりの嘘付きで、心の奥底では、優しい面も持っているのに素直に表現できないアマノジャクですね。




imajin_k.jpg
そして「金太郎」がモチーフのキンタロス(電王アックスフォーム)は、典型的な気は優しくて力持ちタイプ。
1.jpg
しかし、早とちりの名人で、人の言うことを勝手に勘違いして良かれと思って暴走して、ありあまるパワーで周りのものを破壊してしまいます。

人情に人一倍厚く、世話好きな関西人気質の持ち主で、「泣ける」という言葉に過剰に反応してしまいます。
k.jpg
俺の強さにお前が泣いた」が決め台詞で、「涙はこれで拭いておけ」 とティッシュ(懐紙というようです)を渡してあげる、心優しい無骨なイマジンです。




13.jpg
もう一人良太郎に憑依するリュウタロス(電王ガンフォーム)は、登場エピソードを私がまだ未見ですので、よく分からないですが、先ほど妻から送られてきたメールによると、
KtH[.jpg
『「こたくん」が、新しい電王を見て「何?この紫色の。ぜーんぜんおもしろくない」p(●`Д′●)9って怒りながら観てる』とのことでしたので、リュウタロスはヒネクレモノなのかな?
r.jpg
公式サイトには、
「無邪気で甘えん坊という子供っぽい性格のイマジン。
気分屋の性格なため、モモタロスたちから危険なやつとして見られている」
とありますが、どうなんでしょうね?



いずれにせよ、楽しみです。

L^X.JPG
続きを読む

2007年04月14日

さあ、はじめよう!!

ここしばらくの間、新卒者のビジネスエチケット・ベーシック研修を行っておりました。

自分でも気付かないほどに熱がこもっていたらしく、最終日に研修が終了した途端に、ドッと疲れが噴き出してきて、文字通り精も根も尽き果てたという状態になりました。

「最初が肝心!」

ですから、それこそ全力でやりました。



教育や研修・訓練というものは、どれだけ素晴らしいシステムやスキームであっても、やっぱり気付きや、きっかけでしかありませんので、それ以上の効果や意識変革は本人の意志や意思、そして志向に依存せざるを得ないものですが、より気付けるように、よりよいきっかけになり易いようにするのは、講師の熱意や情熱といえます。

つまり、講師の情熱で、受講生の琴線を弾くことができ、そうして初めて受講生が未知の世界に魅力を感じることが出来るんだと思います。



誰でも、未知なるものであれば、何にでも興味やモチベーションが湧くという訳ではありません。

やはり、快や悦び、楽しさを感じる、予感させるものでなくては興味を持ちません。

魅力を与えるのは、やはり水先案内人である講師の情熱でしょう。

私は、今回の研修を始めるにあたって、下記の文章をテキストの冒頭に書きました。





『さあ、はじめよう!!』

何事にも始まりがあり、誰にでも小さなことから始めなければならない時がある。



葉芝刈りをしていた木下藤吉郎は、織田信長という武将の草履取りから始めて五十歳で、天皇の家臣の中で最高位の関白太政大臣豊臣秀吉となった。

その後を受けて天下を取った徳川家康は六歳から二十一歳まで国と家のため敵国の人質だった。



ヒルトンは、薄汚れたニューメキシコのホテルで、床を掃きながらホテルの勉強をはじめた。

後に彼は有名ホテルチェーンのオーナーになった。



仕事を無くし、始めた事業も失敗し、恋人に死なれ、神経衰弱にかかった男が、三度選挙に落選し、副大統領候補の指名も逃しながら、それでも諦めなかった。

その男の名は、第16代アメリカ大統領リンカーン。



ジョン・F・ケネディは、先天性アディソン氏病という、常にモルヒネで激痛を抑えていないといけないほどの大病と幼少時から闘い続け、第35代アメリカ大統領となった。



田中角栄は十六歳から土建屋の住み込みになって毎日朝は五時起き、日が暮れるまで働いて、夜は三つの夜学に通い、内閣総理大臣になった。



松下幸之助は丁稚奉公から始め、貧困と挫折にあえぐ町工場を売上五兆円の世界的電機メーカーにし、終身雇用や年功賃金などの日本的経営の基礎を創り、経営の神様と言われた。




今ここに、たった今から、そして小さなことから始めている名も無い男女が居る。



我々の名前は、10年後、20年後、100年後、日常会話のひとつになっているかも知れない。



あなたの名前も、その中に入っているだろうか?

今あなたの目は輝いているだろうか?

今あなたは笑顔だろうか?




さあ、はじめよう!





というものです。

これは、前職で私が最初に考えた内容です。
何か元ネタはあったような気がしますが、今読んでも仕事をスタートするに当たってスイッチをOnにするにはいい文章です。

当時、従業員が着替えるロッカールームのドアにデカデカと貼っておりました。

懐かしいなぁ・・・



今はもう外されているんでしょうね(^。^;)

2007年03月29日

花見の季節ですね〜♪

古来より日本では、四季折々の風流を肴に、盃を重ねてきました。

私は、こういった風習に日本人の素晴らしさを感じます。





まず、

春は、花見ですね。

江戸時代中期から花見は盛んに行われるようになりましたが、江戸の花見には三種類あって、最初は親友同士旧交を温める目的の「梅見」。

次が「桜見」で、締めが家族団らんを味わう「桃見」でした。
この三つ全部をクリアして、やっと春が成就すると江戸の人々は思っていました。





さて、その「桜見」の花見ですが、江戸の頃は桜を見に行くというよりも自分たちや自分のパフォーマンスを見せに行く晴れの舞台でした。

お揃いの着物をあつらえ、歌ったり踊ったり、一発芸や今で言うコントのようなことをしていたようです。



女性たちは「花衣(はなごろも)」といって、年に一度の花見の為に艶やかな着物をあつらえたり、衣装を借りたりして、花よりも華やかに着飾っていました。

そしてそれを見るのが、男性にとっては花見の何よりの楽しみでした。



花見の席では、お見合いもよく行われていたようで、花見を縁に夏に縁を深めて、秋頃に祝言というおめでたい夫婦も多かった事でしょうね。






さて、夏はと言いますと、六月から八月にかけて虫売りが養殖で孵化させた虫を売り歩きにかかります。

今と違って、カブトムシやクワガタは売られていませんでした。

なぜかというと、この頃の人々は虫の鳴き声や蛍の光を愛でていましたから、誰も買い手が付かず、商売にならなかったからです。

この頃の一番人気は蛍です。

次の人気がコオロギで鈴虫、松虫、キリギリスという感じでした。
日本人は、ずっと虫に親しんできました。

隙間の多い日本家屋に住んでいたので、常に虫が室内に入ってきてしまうため、自然と虫と共存していく暮らしぶりが当たり前になっていて、虫を殺したりせず、話しかけたり、外に放り出したりしていました。



鳴き声を愛でたと書きましたが、江戸の風流人は「虫聞き」を催したりしていましたし、一般の庶民も、虫の鳴き声や蛍の光を肴に酒をたしなむのは、普通の風景だったようです。

(ちなみに、以前TVで観たのですが、虫の鳴き声を聞き分けられるのは日本人だけらしいですね。外人には虫によって鳴き声が違う事が感知できないばかりか、雑音としか思えないそうです。可哀想ですね。人生損していますよね)(^^;)





そして、冬は「雪見酒」ですね(^▽^)

しかし、私が一番日本らしさを感じるのは、「月見」です。

十五夜にちなんでダンゴは、一人十五個ずつ食べますが、食べるダンゴと、お供えするダンゴは別物で、飾ったダンゴを近所の子供たちが盗みに来るのですが、たくさん盗まれるほど縁起がよいとされていましたし、子供達も、他所の家からダンゴを貰うと元気に育つと言われていたので、皆こぞってダンゴを取りに行っていました。



八月十五日の「望月」は「芋名月」と言われていましたが、ちょうど芋の収穫期で、里芋を衣かつぎにしてダンゴと一緒に一杯やりながら月を待ちました。



また、満月よりちょっと欠ける「十三夜(九月十三日)」は、枝豆を食べながら月を待ったので「豆名月」といいますが、「十五夜」と「十三夜」両方を見ないと片方だけでは「片見月」といって縁起が悪いとされていました。



八月は「十五夜」だけではなくて、次の夜は「十六夜」で、その次が立って待っているうちに月が出る「立待月(たちまちづき)」(物事がはかどることを「たちまち」というのはここから)で、次の十八日が「居待月(いまちづき)」で、十九日が座敷に横になって待つ「臥待月(ふしまちづき)」ですが、江戸で月見が最もにぎわったのは、「二十六夜待ち」だそうで、午前二時頃に月が出てくるまで、みんなでどんちゃん騒ぎをしていたようです。





さて、この「月見」はもともと中国から輸入した風習なのですが、中国では満月のみを愛したのに対して、日本では上記の通りあらゆる形の月を愛でていたし、曇りで月が隠れた夜は「無月」と呼び、雨で月が見えない夜は「雨月」といって、それでも「月見」として愛しました。




日本人らしいと思いませんか?

2007年03月19日

世界一好感度の高い国日本

2007年3月6日、イギリス放送協会(BBC)とアメリカのメリーランド大学は、2006年11月〜07年1月の間に行なった国際世論調査の結果を発表しました。

この調査は世界の27カ国の2万8000人を対象に、12カ国(日本、カナダ、フランス、イギリス、中国、インド、ベネズエラ、ロシア、アメリカ、北朝鮮、イラン、イスラエル)とEU(欧州連合)が「世界に好影響を与えているか、悪影響を与えているか」を質問したもので、「世界に好影響を与えている」と最も高く評価された国は同率で日本とカナダでした(^▽^)b





世界に最も好影響を与えている国は、カナダと日本――。



 英BBC放送と米メリーランド大学が27か国の約2万8000人を対象に行った世論調査で、日本の国際的影響力が高い評価を得ていることがわかった。



 調査は、昨年11月〜今年1月の間に実施され、英国、カナダ、中国、フランス、インド、イラン、イスラエル、日本、北朝鮮、ロシア、米国、ベネズエラ、欧州連合(EU)のそれぞれについて、世界に「好影響を与えているか」「悪影響を与えているか」を聞いた。



 「好影響」は、カナダと日本が54%で並んでトップ。

EU(53%)、フランス(50%)が続いた。

日本について「悪影響」との回答は20%。

否定的評価の方が多かったのは、中国と韓国だけだった。



 一方、「悪影響」との評価が多かったのは、イスラエル(56%)、イラン(54%)、米国(51%)、北朝鮮(48%)の順。



 同大の専門家は、日本に対する高い評価の理由として、「ソフトパワー(非軍事的影響力)を連想させる」ことを挙げ、軍事力を行使したり、追求したりする国への評価は否定的になる傾向があると分析している。

(2007年3月7日11時5分 読売新聞)





日本を、最も「好影響を与えている国」と評価した国は・・・

2007年02月28日

ありがとうございます!!感謝(^▽^)ノ

あなたは、手を合わせる時どんな願い事を願っていますか?





今日は、「やっぱり日本人で良かったなぁ」って誇らしく思えることがあったので、あなたにもお裾分けしますね♪





ある神社の宮司さんのお話です。


「私が小さい頃は、毎朝起きたら家族全員で挨拶を交わし、感謝の気持ちで神棚に、今日も無事に朝を迎える事ができましたと手を合わせる。
そして朝食の前には、自然の恵みに対する感謝の気持ちを込めて『いただきます』と挨拶してから頂戴し、食後は『ご馳走様でした』とまた感謝をして、一日が始まったものです」(一部抜粋)





神社というのは、「ありがとうございます」と、感謝をしに行くところで祈願というのは間違いだったんですね!



祈願というのは、自分自身にし、神様へはいつも見守っていただいている事に感謝をし、手を合わせるということだったんですねぇ・・・(^▽^)



先人には当たり前だったことが、情けない事に改めて教えてもらわないと分かりませんでした。


恥ずかしい。






古来から日本には、八百万の神様がいると信じられてきました。


先人は、森の木々にも、道端の石にも、手を合わせ、感謝と祈りの気持ちを込めてました。


農耕民族であったからこそでなのですが、適度に雨が降り、適度に日が照ってくれなければお米は出来ません。


だから雨の神様、日の神様に感謝します。



神道は自然の恵みに感謝し、自然の存在ひとつひとつに神を見ています。


山の神様にご挨拶して山に入り、木の神様にご挨拶して木を切ります。


大地の神様にご挨拶して土を掘り返し耕します。



くどいですが、
自然=神が人間に恵を与えるのは、もう基本、当たり前、それが前提だったんですね。



だから自然=神に改めてお願いする必要なんてひとつもないんですね!


常に無条件で愛も、課題も与えてくれる存在だから、我々を信じて要らぬ手出しはしない。




何て素晴らしい愛でしょうか!



ありがとうございます!

続きを読む

2007年02月27日

心配しなくても、あなたの思った通りに育ちます

はい。

もうタイトルの通りです。

心配しなくても大丈夫。

それが部下でも、我が子でも、教え子でも、あなたの想い描いたとおりに育ちますから。





名著「7つの習慣」に、著者であるスティーブン・コヴィー博士の興味深い体験が書かれています。





コヴィー博士の息子の一人が、学校にうまく適応できず成績もかなり落ち込んでしまいました。

その息子は、人と接することにおいても未熟で、またスポーツも苦手な子供でした。

コヴィー博士は、何とか息子を助けたいと必死になりました。

息子が前向きになるように「頑張るんだ!絶対にできる!」と励まし、息子が少しでもうまくできた時には彼が自信をもてるように「いいぞ、その調子だ!」と励ましました。

他人が笑おうものなら、「からかうんじゃない。息子は頑張っているんだから」と怒りました。



コヴィー博士は、息子を支え、サポートしようと努力しました。

しかし、息子は完全に自信を失ったままでした。

コヴィー博士の努力は、まったく報われませんでした。



そして、コヴィー博士は、ある事に気づいたのです。

「息子に対する自分の見方に問題があるのではないか?」と。

コヴィー博士は、自分が心の奥底で、「息子は基本的に劣っている。或いは、何かが足りない」という意識で、息子を見ていたことに気づきました。

「自分が助けてやらないと、息子は自立できない」という見方で、息子を見ていたのです。

「だから、自分の努力が報われなかったのだ」と気づきました。

表面的な行動や言葉をどう変えてみても、息子に実際に伝わっていたメッセージは、



「おまえにはできない。だから、おまえを守る必要がある。」というものだったのです。



そこで、まず「息子に対する見方」を変える必要があると気づいたコヴィー博士は、息子の独自性と可能性を信じるよう決意し、彼の邪魔をしないようにしました。



親として、息子を信頼し、尊びました。



こうして、息子に対する見方を変えた結果、息子には次のような無言のメッセージが伝わりました。





おまえを守る必要はない。おまえは、十分にやっていける





その結果、息子は自信に満ち始め、勉強においても、友人関係においても、スポーツにおいても、目を見張るほどの成長を見せたのです。

何年か経って、彼はスポーツでは州のベストプレイヤーに選ばれ、学校ではクラス委員に選出されたのです。

(以上、「7つの習慣」キングベアー出版より抜粋して要約)






教育心理学者のローゼンタールは、教師の期待や働きかけが生徒のやる気に影響することを実験で証明し、これをこの神話にちなんで「ピグマリオン効果」と名づけました。

これをマネジメントに援用したものが「ピグマリオン・マネジメント」といわれています。

部下の能力を引き出し、業績が上がるよう叱咤激励するのがマネジメントという認識が一般的でしょうが、実は、「人を育てる秘訣・極意」というのは、部下への期待と信頼だということです。

※ピグマリオンとは、ギリシャ神話に登場する彫刻の名人で、彼は自分の彫った美女の像に恋し、ついには神からその像に命を与えられたというストーリーから命名されました。




そうです。人は期待に応えるものなのです。





「あいつぁダメだ!」


「やっぱり、ダメだったな!」


「だから、お前はダメなんだよ!」






今、あなたが信頼しなければならない人は誰ですか?

今、あなたが期待すべき人は誰ですか?





経営の神様と言われた松下幸之助さんは、成功の秘訣を聞かれた時に、「学歴がなかったので、誰もが偉く見えた。社員を尊敬できた。」とおっしゃったそうです。



今、あなたが尊敬すべき人は誰ですか?


2007年02月04日

プロのプライベートとは?

私は人材教育を生業としている関係上、毎日のように沢山の人たちと接しています。

接する人たちのほとんどは、これから接客サービスプロとして頑張ろうという人々です。

これからプロとしての人生をスタートするぞ!という段階の研修で、必ず尋ねる事があります。

それは、「プロとは?」ということです。



あなたは、「プロフェッショナルとアマチュアの違いは?」と訊かれたら何と答えますか?



はい。

きっと報酬のあるなしに関連する答えを考えることでしょう。

研修生のメンバーも大体三分の一程度のメンバーが、そう答えます。

もちろん、正解です。



プロ野球とアマチュア野球に例えると分かり易いですね。

プロ野球選手は、プレイして結果を出す事で、結果に応じた報酬を得ています。


ですから結果に責任を持たなくてはなりません。




では、プライベート


プロのプライベートとは、どういう時のことだと思いますか?





考えてみて下さい。







どうですか?







勤務時間外というのではありませんよ。







分かりました?








では、答えを言いますね。








それは、
続きを読む

2007年01月29日

いじめといじめの具体的な解決法と時々映画「X−メン3 ファイナルディシジョン X−Men The Last Stand」に映画「サイレントヒル SILENT HILL」


体操服をなくした1週間後に、授業中、サッカーで転んで怪我をしたことで、親はいじめを疑うだろうか。

保護者会のプリントをなくしたことをいじめに結びつけるだろうか。

食欲が落ちたから、食べると吐くからといって、いじめを疑うだろうか







これは、東京都児童相談センターの心理司として、年間100家族以上の相談や治療を受け持っているという山脇由貴子さんが学校でのいじめの実態と、いじめへの対処法を明らかにした

教室の悪魔

という書籍の中の一節です。



正直、ドキッとしました。



もし我が子であったら・・・



恐らく食欲や食べたものをもどしたら悩みがあると思うでしょうが、何かを失くしたとか、怪我をしたとか、プリントを失くしたら、我が子自身に原因を求めるのではないか?



・・・と思ったからです。






他にも、





女の子同士のいじめで顕著なのは、
「バレたら、あんたのせいだからね」
「その時はもっと、ひどい目にあわせるからね」といじめの発覚を防ぐ「義務」を被害者に徹底して負わせてしまう点にある





我が子がいじめにあっているかもしれない、と感じた時、最初にやるべきことは学校を休ませることである






など、陰湿ないじめの実態、子どもたちが陥りがちな心理状態、行動パターンなど大勢の子供達と真剣に向き合ってきた著者だけに、日々仕事に追われている親が見過ごしがちないじめの兆候が具体的に示されていて、また親にもできる現実的な対処法(子どもから事実を聞きだす際の注意点やテクニック、心のケア、いじめに気づくチェックリスト32項目など)についても実にうまくまとめられています。





我が家では、早くても15歳までは携帯電話を持たせない方針でしたが、



いじめに関する相談の中には、メールを使って誹謗中傷するパタンは非常に多い。本人の知らないところで、すさまじい勢いで噂が広まる




とか、



「○○○の母親は主婦売春しています」と画像つきでばらまかれる嘘メール




とか・・・



学校全体で携帯所持自体を禁止とかして欲しいくらいです。

(でも、不審者誘拐の問題があるからGPSとかのこと出されて無理だろうなぁ・・・で、結局我が子だけが唯一携帯持っていないということが原因でいじめになったりすると洒落にならんし・・・悩むなぁ・・・)





本当に人生に必要ないことは起こらないなぁ・・・というのを感じたのが、
この本の存在を知るとほぼ同時に、映画「X−メン3ファイナルディシジョン」と「サイレント・ヒル」を観ていて、丁度こういった問題について考えさせられていたのですよ。

だから、かなりタイムリーな課題だった訳です。



まず、「X−メン」シリーズは、最初から人種差別や自己実現などがテーマでしたが、「X−メン3ファイナルディシジョン」では、その辺りをうまく分かりやすく描いていて、私は3回ほど涙をこぼしてしまいました。

昔からSFやファンタジーというのは、現実問題をうまく比喩的表現で表せてそのものズバリをテーマとして扱う作品よりも、観客に浸透しやすくていいなと思っていましたが、今回の「X−メン3ファイナルディシジョン」が、正にそれでした。

過去のシリーズを観ていなくても(観ているに越した事はありませんが^^;)遜色ない作品だと思いますので、人種問題や差別問題、いじめ問題、虐待や親子の問題に関心のある方には、お奨めの作品です。



作中で私が一番気になっていたのが、オープニング・シーンです。




舞台は突然変異のミュータント(当然、人類の理解を超えた存在なので迫害されています)が、存在する現代から10年前、あるビルの洗面室に少年がこもっていて背中を何かの器具で擦っています。

「もう一時間以上になるぞ!何をしているんだ!?」

と、父親が無理やりドアを開けると・・・白い鳥の羽が床に散乱していて血だらけの器具・・・

「お前・・・まさか・・・」

「ごめんなさい・・・パパ・・・」

涙でぐしゃぐしゃになった少年の背には、もう何回も切り取られた羽の痕が・・・




というシーンです。

パパの期待通りの普通の子じゃない自分で「ごめんなさい」って・・・

分かります。

もうこのシーンですでに涙がちょちょ切れてました(TT)

教室の悪魔」でも、





家庭内で虐待を受けていて、様々な症状が出ているにもかかわらず、困っていること、つらいことは何もない、と言う。
お母さん、お父さんは優しいよ、と言う。それなのに、家庭のことについて具体的なエピソードを何ひとつ語れない






とあります。



自分で自分は居てはいけない子なんだと、子供が思い込む。

これも充分な虐待です。



また趣味のブログの方でしっかりレビューしますので・・・今回は、その少年の成長した姿の画像だけで勘弁して下さい。
x4.jpg







あと、「サイレント・ヒル」ですが、これは映画「バイオハザード」シリーズと同じで、日本のゲームが原作となっていますが、監督が原作ゲームの大ファンらしく、ゲームファンからも評価が高い作品となっているそうです。

私はゲームしていないので、その辺りはまったく分かりませんが、この作品は原作ゲームをプレイしていなくても充分のめり込める作品となっています。

ただ、この作品が侮れないのは、普通に映画のシーンを額面通り受け取って観ても充分楽しめる内容であるにも拘らず、しっかり考察を始めると映画「マルホランド・ドライブ」並みの難解且つ奥の深い作品であるというところです。

おっと、この作品についても、もうひとつの趣味のブログでレビューと、久し振りに思う存分考察してみたいと思っておりますので、楽しみにしておいて下さい。



教室の悪魔」で語られる教室で実際に行われているいじめの手段は、卑劣かつ野蛮であり、まさに集団ヒステリー(狂気)で、大人でも吐き気をもようすくらいのものです。

サイレント・ヒル」でも、事の起こりはこのいじめなのです。
n_ghost-031-12.jpg
いじめを受ける少女は、とってもいい子なのに、父親が居ないことからいじめを受けます。

母親も父親が誰かを言わないことから町の人々は段々いじめがエスカレートしていって、母親の姉が先頭に立って姪である少女を「魔女だ!」と決め付け、いじめが火あぶりにまで発展してしまいます。





この映画を観ても思ったのですが、いじめの問題には、現在の社会の問題点が凝縮されているように思えてなりません。

それが教室であろうと職場であろうと、集団サディズムはどこにでも起こる問題です。

そして、いつもいじめをする側は、





多くのいじめのパタンで、加害者たちは被害者が「いじめられるに値する人間なのだ」という理由を作ろうとする






のです。





「いじめられる方にも原因がある」


本当でしょうか?


まあ、そうかも知れない。


しかし、もしあなたが同じ立場なら、闘えるのでしょうか?


会社で、地域で、全員からいじめられたとして・・・家庭では「しっかりしろ」「ちゃんとこうしたらいいじゃん」と言われる世界で、たった独りぼっちで闘えるのでしょうか?


自分がここをこう変えたらいじめられなくなるだろう!


そういうレベルのことなのでしょうか?





いじめ根絶への取り組みは、子ども達に、悪いことをすれば必ず発覚し、ペナルティを受けるのだという社会のルールを教え、いじめが許されるという歪んだ正義がまかり通っていた子ども社会を、秩序のある社会に立て直すという取り組みである






我が家では、

悪いことをしたら誰にもバレなくても、神様はお見通しだから必ず罰(バチ)が当たる

と教えています。


そして、「神様はどんな顔しとると〜?どこにおると〜?」と聴かれたら。



「神様は目には見えんとよ。そして、いつもここに居ると」



そういって子供たちの胸に手を当てるようにしています。



2007年01月28日

幸福は自分次第だよ Happiness is inside job.

最近のこのブログの傾向は、「我が家のリスクマネジメント」的な視点で書く内容が多かったのですが、これは決して後ろ向きな発想ではありませんし、家族を持つ身としては、知っておいた方がいいと思う事柄を、半ば覚書的に書いているまでのこと。

そして、現実はこういう事柄やこういう事情でできているけども、自分たちの生活は、やはり自分たち次第ということを私とあなたで、このブログを媒介として共有・確認できたらいいなぁ・・・と思いながら更新している毎日なのですが、そんな感じのことをボンヤリ考えていたら、こんな一言に出逢いました!





Happiness is inside job.





マイク・ドゥーリーという人の言葉ですが、「幸福は自分次第なんだよ」という意味でしょうか。

誰でもそうですが、不幸なことや嫌なことが起こった時は「○○のせいだ」と他人や親や、自分の置かれた状況を責めがちですよね?






マーフィーの法則」で有名なジョセフ・マーフィーは、自らに語り続ける「アファメーション」(肯定的なフレーズ)のやり方の1つとして、



I Choose 〜(私は〜を選びます)



というフレーズを推奨しています。



I choose happiness.(私は幸福を選びます。)

I choose to get to every kind wonderful.(私は、何事も素晴らしい状態で始めることを選びます)

I choose to meet with Mr Wonderful.(私は、素晴らしい殿方に出逢うことを選びます)



という感じでしょうか?



一つ目の文章は、「不幸」と「幸福」のどちらかを選択するということですね。

こういうチョイスは普段よくやっていますが、常に「幸福」を選べていますか?



二つ目の文章は、選択した事柄のすべてを常に素晴らしい状態で始めるということですね。



三つ目はまだ出逢っていない「すてきな彼に出逢う」ことを「選ぶ」という、偶然に起こるかもしれないことも「自分が選んで引き寄せる」と表明してしまうことですね。

裏返していうと、仮に今願望とはかけ離れた生活をしているとしても、「私が選んだ結果である」と受け入れることになります。

(これができるかどうかの差は大きいですゾ)





例えば



この父親と母親の下に生まれたのも、


男性(女性)に生まれたのも、


日本に生まれたのも、


今、こうして生きていること自体も


すべて私が選んだ結果なんだ!」と声を大にして断言できるかどうか・・・






この差は、大きいですよ









最後に、私の大好きな茨木のり子さんの詩を紹介します。




自分の感受性くらい  



ぱさぱさに乾いていく心を

ひとのせいにはするな

自ら水やりを怠っておいて



  気難しくなってきたのを

  友人のせいにはするな

  しなやかさを失ったのはどちらなのか



苛立つのを

近親のせいにはするな

なにもかも下手だったのはわたくし



  初心が消えかかるのを

  暮らしのせいにはするな

  そもそもがひよわな志にすぎなかった



駄目なことの一切を

時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄



  自分の感受性くらい

  自分で守れ

  ばかものよ









2007年01月24日

「伝国之辞」

私の敬愛するアメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディと、そのケネディを師と仰ぐ第42代大統領ビル・クリントン(奥様であるヒラリー・クリントン女史が、先日大統領選出馬の意向を発表しましたね)が、一番尊敬している日本の政治家として挙げたのが、表題の「伝国之辞」を表した上杉鷹山です。



ケネディ大統領やクリントン大統領に上記の質問をした記者も、その場に居た当時の日本記者団も上杉鷹山の人物はおろか名前すら知っている者が一人も居なかったそうです・・・(#T〇T#)



本当に恥ずかしいことですが、これは「鷹山はケネディによって日本人に紹介された」という、あまりに有名でありがたくないエピソードとして語り継がれていますが・・・あなたは上杉鷹山をご存知でしたか?



上杉鷹山は、江戸時代中期の大名で米沢藩の九代目藩主です。


米沢藩は、かの有名な上杉謙信公を藩祖とする由緒正しき藩です。


鷹山は元々日向国高鍋藩秋月氏の次男として生まれましたが、母方が上杉氏の縁者であることから、上杉家八大藩主重定の養子となりました。






ケネディ大統領は、内村鑑三氏の著した「Representative Men of Japan(代表的日本人)」という氏がアメリカ留学していた時に日本の文化思想を英文で紹介した本で紹介されていたエピソードを読んで上杉鷹山を知ったそうです。







代表的日本人内村鑑三著・鈴木範久訳・岩波文庫


この中で、内村氏は「上杉鷹山」の他「西郷隆盛」「二宮尊徳」「中江藤樹」「日蓮上人」という5人の日本人を紹介しています。





さて、その上杉鷹山が表したのが表題の「伝国之辞」です。

まずはご覧下さい!





「伝国之辞」

これは、鷹山が次期藩主・治広に家督を譲る際に申し渡した三条からなる藩主としての心得です。





一、国家は先祖より子孫へ伝候国家にして我私すべき物にはこれ無く候

(国は先祖伝来、子孫へ伝え残していくべきもので君主が私物化すべきではない)



一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候
   
(国民は国家に属し、国家の礎で君主が私物化すべきではない)



一、 国家人民の為に立たる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候

(国家国民のために君主が在るのであって、君主のために国家国民が在るのではない)



右三条御遺念有るまじく候事





「伝国之辞」は、上杉家の明治の版籍奉還に至るまで代々の家督相続時に相続者に家訓として伝承されました。




有名な「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」の歌も「伝国之辞」と共に次期藩主に伝えられました。





さて、どうでしょうか?



「伝国之辞」に書かれている政治理念は、まったく当たり前のことを当たり前に書いてあるだけなんですが・・・このシンプルな文章の中に、政治の本質が語り尽くされているのではないでしょうか?



いや、政治だけではありませんね。



企業内にも家庭内にも、人が集まる組織であれば、間違いなく当てはまると思います。





しかし・・・この「伝国之辞」をしっかり理解し、実践できている、或いは実践出来る政治家が在るでしょうか?





また、鷹山は他にも数々の名言を遺しています。





してみせて 言って聞かせて させてみる」の言葉は、山本五十六に影響を与えたとされます。





賢者は木を考えて実をえる。小人は実を考えて実をえない




鷹山は、藩内の教育改革にも着手しましたが、自身の学問の師と仰いだ尾張出身の折衷学者「細井平洲」を招いて再興した藩校の名前に興譲館(現山形県立米沢興譲館高校)、つまり




「譲る心を興す」




と名付ける辺りに鷹山の人柄が感じられますね。


因みにこの興譲館は、武士だけでなく藩内の者であれば誰にでも門戸が開かれた藩校でした。









漆の実のみのる国」(上下巻)藤沢周平著  



本作は藤沢周平氏の遺稿となって出版されたそうですが、鷹山を知るならこれもお勧めです。



多くの逡巡、挫折、後悔、それらを乗り越えて粘り強く、尊民的な藩政改革を継続していく鷹山の姿に涙なしには読めないですゾ。







木村拓哉さん主演で公開された「武士の一分」が大好評だったので、すぐ手に入るか疑問ですけどね(^▽^;)


RDF Site Summary
RSS 2.0

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。